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2005年06月17日
先輩寄稿文 S22年卒 西山 峰雄先輩
第16回インターハイを泳ごう会報告
S22年卒 西山 峰雄(福岡高校)
昨年の泳ごう会は平成16年8月27日(金)に開かれました。昭和11年完成したこの東京大学プールで戦前のインターハイ水上競技は開催されて来ました。甲子園球場の一塁側スタンドの下にあった25m室内プールとともに数少ない室内プールでした。半地下のボイラーつきのプールですが、私たちの泳いだ1942年昭和17年7月下旬は戦争中で燃料節約でボイラーは焚かれず、冷たい思いをしました。でも、こっそり焚いていただいたのか、試合の時はそれほど冷たいと思いませんでした。半地下の冷たいプール、此処で再び泳いだのは、1947年9月と1988年、46年後でした。1947年9月、神宮プールでの日本学生水上選手権大会が終った後、出場していた東京、京都、九州の三帝国大学水泳部で帝大戦をやろうと話が纏まり、競泳が実施されました。水球はやったかな?、記憶に薄いです。私に審判やれと言われてやったことないよと断ったようには思いますが。ボールも貴重品でした。敗戦の秋、コンパも開けなかったかな。ビールも無かったか?記憶は薄い。これが学生時代最後の試合でした。!!
1988年はインターハイ泳ごう会が前年から開かれ第2回から参加しました。1994年眩暈で不参加を除き、続けて出席しています。年1回ですが60年前の相手と泳ぐのは楽しみです。しかし次々と相手が消えるのは寂しい事です。そのうちにこちらに順番が廻ってくるのでしょうが。 平成16年8月27日例年のように泳ごう会が昭和11年ベルリンのオリンピッックの年に竣工した東京大学25m地下プールで開かれました。このプールは旧制高校インターハイOBには若い日に対戦した懐かしいプールです。此処に老OB集まって旧交を温める事は最高の楽しみ、一番若いメンバーでも74歳ですが、どうやら20回まで続けられそうな気配です。しかし、事務担当の人々がだんだん泳げなくなってきて心配です。 たとえば、写真は旧制高等学校水泳部門の歴史インターハイの記録「つわものどもが夢の跡」を書かれた衣笠恵士さんで、私と昭和17年7月東大プールで800m自由型の予選を隣コースで争った仲です。お医者さんになられ、世界マスターズ大会には例年参加され、日本選手団の医学的要求はすべて満足させてこられましたが、ご自身は今は泳がれなくなりました。人数も減りつつあり、何時まで続けられるか、後数年、せめて20回まで行けたら嬉しいなという感じです。 老いたる体にむりが掛らぬように、平成20年第20回が最終回と私は予想を立てております
投稿者 : 2005年06月17日 21:34