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2005年09月18日

9連覇のころの話が聞きたい

 僕は、七帝戦を観戦していて、とても感動したことが有ります。それは、かつては、万年最下位だった
北大があんなに多数の部員を九州まで遠征させ、あんなに元気が良く、あんなに強かったからです。
僕自身の世代(昭和41年入学組)は、九大が長期低迷時代に入るきっかけを作った世代だったので、うらやましいなと思いました。以下、エントリー「高千穂」に書いたコメントをここに引用します。
 「僕は、約10年前から軽い鬱病にかかってます。今夜は久しぶりに鬱病特有の早朝覚醒がおきて、午前2時半に目が覚めて、眠れません。それで、退屈しのぎにメールを書きまくることにしました。水泳でなぜあんなに北大が強いのか、高校野球でなぜ駒大苫小牧が強いのか。僕が考えるに、北海道に、屋根付き練習場が増えて、彼らには、「オフシーズン」という観念がなくなったのではないのかと思えてなりません。九州では、冬でも野球をしようと思えばできるのに、なぜかオフシーズンというものを作ってその間は自主トレに任せている。たぶん北海道では、冬でも練習できるのがうれしくて室内練習場で冬でもバリバリ練習をやっているのではないか。水泳も同じではないか。という想像をしてるんですが。
 ところで、僕が3年の頃、九州国公立で2位に終わった長谷部キャプテンは丸坊主になって、先輩に顔向けができないといった。僕が4年のころのキャプテンの川田は、九大始まっていらいの4位に終わって、試合のあと、「先輩に合わせる顔がない」と言って、宮崎のプールの横でいつまでも泣きじゃくっていた。彼はもう亡くなった。
 その後、税所や、才田や、川波や、浅井や、鬼塚や、深沢や福留という個々的にはスーパースターを抱えながら団体優勝はできなかった。ところが、ある時から、九大の九連覇が始まった。僕は九連覇当時のメンバーの話は当然聞きたいが、もっと聞きたいのは、九連覇の最初のメンバーを九大水泳部に引き入れた人たちの話だ。彼らは九大水泳部を復活させるために、どのようなリクルート戦略を練り、どのような長期計画のもとに優勝メンバーを育てたのか、長期にわたって部の力を持続する戦略をどうやって構築したのか、そんな話が聞きたい。」
 強豪スポーツクラブのホームページも読むとおもしろいですよ。僕のお気に入りは早稲田大学ラグビー部と東大ラクロス部です。メッセージ性が強くて、訴えたいことがビンビン伝わってくるからです。 

投稿者 matuyama : 2005年09月18日 09:30

コメント

S51年;深沢1年、S54年;深沢4年、鬼塚3年、福留2年時に優勝しています。

投稿者 MASH@自宅 : 2005年09月19日 21:04

追加:S51年宮崎、S54年佐賀、S58年宮崎で優勝しています。怒濤の9連覇の前に、ということです。

投稿者 MASH@自宅 : 2005年09月19日 21:29

そうか、やっぱり深沢、福留、鬼塚は優勝していたのか。
すみません。てっきり優勝してないものと思ってました。
51年ということは、浅井キャップの次の年に優勝したという
ことか。
年寄りは記憶が曖昧で、今朝、飯を食ったかどうかも忘れてしまうのです。どうかご勘弁を
ということは、9連覇が始まった時は誰がキャップだった
のですか。
できれば、部誌に、九州国公立と七帝戦の歴代戦績を
載せてもらうとありがたいな。

投稿者 matuyama : 2005年09月20日 03:23