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2006年03月17日

鹿屋合宿

kanoya1.JPG

図師と永瀬がヘロヘロになってます。


五日間の鹿屋合宿が終わりました。
どの班においても、充実した練習が出来ていたと思います。
部員全体の団結力も高まった、良い合宿を送ることが出来ました。

投稿者 toya : 2006年03月17日 22:50

コメント

検討会議風景写真がありましたが、最近の練習メニューを紹介してくれませんか。
我々の頃からどのように変化しているのか知りたいものです。

投稿者 岩城志郎 : 2006年03月18日 22:55

一昨日の大阪OB会で、岸先輩(S39卒)から大阪OB会会長を拝命頂いた養父と申します。以下順不同のコメントです。
・OB掲示板に出ていたS56卒の上田さんのコメントはここ
 5~6年の間、弊員含め数多くのOBの方が何度と無くコメ
 ントしているのに実現できない理由は一体何なんでしょう。
・去年の3月26日の先輩諸氏のアドバイスのフォローは現役
 とOBの双方が頑張ってフォローして行かなければならな
 い内容ですネ。
・数年前掲示板で会話をさせて頂いた安部さん(H16卒)が
 今でも登場されてるのでなつかしかったです。
・現役の諸君には、掲示板にしろブログにしろ、OBから書き
 込みがあったら、すぐに反応するようにして下さいネ。
 (まっ、土曜日の深夜に書き込みするOBもOBだけど。
   岩城先輩!お元気そうで。)
・今日は弊員は休みなのですが、たまった仕事の処理で出勤し
 会社では禁じられている私用に会社のPCを使用してます。
 53歳にもなって、サラリーマンは大変ですヨ。
・西村君へ:七帝戦の詳細日程と会場の連絡をお願いします。
 今年は大阪OB会で応援とレセプションを企画する、という
 新地のスナック奈美での決議事項をフォローしなきゃいけな
 いので。それと名簿をデータでオレに送るということもお忘
 れ無く。(上田さん:これには目をつぶって下さい。)

投稿者 養父(旧姓:山本)規幸 : 2006年03月20日 12:56

岩城さんへ
鹿屋合宿4日目のIM・Br班(班長 西村・遠矢)の練習メニューです。
Up 100×4 (2'00) choice
F-Swim 200×6 (4'00) IM
Easy 50
Kick 100×8 (2'15) style-1
IM班はchoice
END2
Easy 50
Pull or DPS 100×8 (2'00) style-1
IM班はchoice
END2]
Easy 100
M-Swim① 100×8 (2'00) IMつなぎ(by50m)
END2(一部の人制限あり)
Easy 100
M-Swim② 50×4×4s 1s(1'05) style-1
2s(1'00) IM班はchoice
3S(0'55) (一部の人制限あり) 
4s(0'50)  4s目はbroken
Down 400
total 5500m

班員のレベルに多少差がありましたのでこのようなサークル設定になりました。他の班もかなりきついメニューをこなしていました。

養父さんへ
住所録の更新等は今後きちんと行っていきます。今まで放っておいて申し訳ありません。七帝戦の詳しい日時は分かり次第逐次ご報告致します。もう少しお待ちください!

投稿者 西村祐一郎 : 2006年03月22日 00:35

先週末が大阪OB会だったんですね。
みなさんお元気だったのでしょうか。

現役でもないのに養父先輩のコメントにお答えしてみます。

・OB掲示板に出ていたS56卒の上田さんのコメントはここ
 5~6年の間、弊員含め数多くのOBの方が何度と無くコメ
 ントしているのに実現できない理由は一体何なんでしょう。

ここでいう「上田先輩のコメント」というのは
「部誌のダウンロード版の発行」ということでしょうか。
これに関しては、システムの構築が重要と思います。
「システムの構築」という言葉を使うと大変仰々しいのですが、
手順と場所の確保ですね。
1.手順の設定
 -部誌のダウンロード版の作成手順(現在はいくつかのWordファイル、紙面を切り貼りして作成している)
 -部誌のダウンロード版のアップロードの手順
 -部誌のダウンロード版のダウンロードの手順
2.場所の確保
 -部誌のダウンロード版のアップロード場所の確保

以上を決定すれば大丈夫ではないでしょうか。
状況を見るに、パソコンに詳しい人(私?)が手助けすれば、できると思います。
簡単とは思いませんが。


・数年前掲示板で会話をさせて頂いた安部さん(H16卒)が
 今でも登場されてるのでなつかしかったです。

いまだに学生をやっております
ようやく4月より東京に就職です。

・西村君へ:七帝戦の詳細日程と会場の連絡をお願いします。
 今年は大阪OB会で応援とレセプションを企画する、という
 新地のスナック奈美での決議事項をフォローしなきゃいけな
 いので。それと名簿をデータでオレに送るということもお忘
 れ無く。(上田さん:これには目をつぶって下さい。)

今年の七大戦参加予定です!
あー、レセプション参加したいなぁ。
仕事次第ですが・・・

投稿者 安部@H16卒 : 2006年03月22日 11:23

>岩城先輩
OB忘年会お疲れ様でした。大したご挨拶もせず申し訳ありませんでした。
私は逆に30年前の先輩達のメニューがどんなものか見てみたいものです。部室で拝見したことがあるのは確か15年近く前のものが最古だった気がします。


>養父先輩
山内と申します。大阪OB会ご苦労様でした。大阪七帝戦は応援に行く予定ですので、その時にはご挨拶させて下さい。

上田先輩が挙げられていた
①「OB通信のEメール配信システムの構築」
②「千里蹴波行のダウンロード版の作成」
③「住所録の個人情報保護」
の3点についてですが、私もこれらは意義深い変革だと思います(と書くと偉そうですが・・・)。
特に③は個人情報に関わることなので、既にいくつかの大学の年報からは住所録が切り離されていますし、「千里蹴波行もその時期かな」とは思っていました。
ただ、住所が掲載されていても自分自身には何の影響も無かったし、おそらく他の現役や現役の近くにいるOBもそうであったため、この対処への切実さを
欠いている事が実現に向かえていない最たる原因かと思います。この怠慢については弁解の余地もありません。

実際の被害報告が寄せられた以上(現役には前から来ていたのかもしれませんが)、まだ現役に近い自分からも現役に働きかけ、なるべく早く対応します。
ただし、上田先輩が書かれていた
「開示希望者以外は、住所および電話番号は非開示とし、Eメールアドレスのみの開示をベースとする」
という内容を今から実行するとなると、今春発行予定の千里蹴波行にはきっと間に合わないと考えられます。
この内容を達成するまでのプロセスを少し考えてみたのですが、これから600名のOBに向けて開示希望者とそうでない方を
しっかり調べるとなると、恐らく相当の時間もしくは纏まった予算を要すると考えられるからです。
次号の千里蹴波行から個人情報保護にあたるなら、「住所録を丸々削除し、開示希望調査が終了し次第、編集が完了した住所録を別冊子として送付する」
しかないのかな、と思います。
この考えを私が「どうですか?」と聞くのは筋も立場も違いますので、とにかく部誌編に掛け合ってみます。

養父先輩、上田先輩、貴重なご意見ありがとうございます。現役の視点で言うと、「一部のOBから上がった声で千里蹴波行に大きく手を加えていいのか」
というのが大きなジレンマですが、今回のお話で「強く要望があったのだから、とにかく調査をすべきだろう」と現役も感じたのではないかと思います。


>安部
実際にダウンロードシステムができるなら、やはり部誌のダウンロードは水泳部関係者のみ可能であった方が良いと思います。
という訳でダウンロードページにはIDとパスワードを設けるべきかなと(部内板と違うのを)。
まあこの点は「アップロード場所の確保」という表現に含んでいるのかもしれませんが。

いずれにせよ、この作業に安部の力は頼りになることでしょう。やっぱり前の仕事は最後の作業にならんやったね。( ̄ー ̄)


>西村
長水5000のメニューの後にBrokenですか・・・バタ班当時の自分だったら合格タイム出す自信が無いです。
・・・まあでも、M-S 1500×1t (200Fly-100Fr ×5repeat、制限25分)なんていう馬鹿メニューは鹿屋で実行しましたが。
あと写真の図師たちもBrokenのようですが、さて何秒出せたんだろう・・・?

投稿者 山内@H16卒 : 2006年03月23日 19:25

山内君へ

具体的に詳細内容をWebPageで回答いただけるとは想像していなかったので戸惑っています。個人的に連絡してくれるものと思っていました。

我々の頃の練習はレベルが低くて恥ずかしいくらいですが、当時九州ではダントツだった福岡大学に追いつけとばかりの練習に切り替えました。
20歳になれば引退の福岡大の常識にはビックリしました。プ-ルで泳ぐのは我々は大学に入って初めての人間が多かったもので。

詳細は忘れましたが、印象に残っていることは、
教養部の頃はアップが1600Mの個メでした-アップ中に溺れる新入部員もいました。
49卒の千代田先輩が主将になったとき、戦積が振るわない理由の分析が行われ、①練習量の不足によることと、②専門家による助言がほとんどないことによるとの結論に至り、東京オリンピック金メダリストに教えを請うたり、練習量がグンと増えたのを覚えています。
目的は持久力をつけるでした。(今考えれば)

合宿では1500M-10本などが組み入れられて腕が上がらない泳者もいました。それでも1万M/日でした。

翌年は私の年代が幹部となり、川波教授が主将でしたので機会があれば尋ねてください。部の方針は瞬発力養成に変更したと思います。
よって、ダッシュ50Mが主力になったと思います。何本かは失念しました。

いずれにしろ、私が現役の頃は、従来の練習方法の域を出ませんでしたので、一人一人の泳法を分析し、その改善に取り組むことが出来なかったように思います。

投稿者 岩城志郎 : 2006年03月23日 23:18

>岩城先輩

早速のご返答ありがとうございます。自分としたことが、川波先生も同期でいらっしゃったのを失念していました。恥ずかしいです。安部に鼻で笑われそうです。
川波先生からも1600個メのお話は伺ったことがあります。それの上をいく3200個メもあったと。それを聞いた当時は400バタ経験者すら部内で私だけという
有様だったので、「1600個メを部員みんなやった」という話で、やや高くしていた鼻が完全に折れたのをよく覚えています。「井の中の蛙」をごく身近に感じた瞬間でした。

それにしても現役は岩城先輩のこのお話をどう聞いたでしょうか。
確かに1600個メも1500×10tも競技力に直結した良い練習だとは言えません。今の常識で言えば、計画的な根性練とでも銘打たなければ
取り入れるべきでないメニューだと思います。だからこれを現役にやれとは間違っても言いません。
けれど岩城先輩の数文からでもほの見えた、「速くなること」、いや違う「強くなること」への貪欲さは今の九大水泳部を凌いでいるな、と思いました。
北大あたりのページを見ていて感じるのと同質のものを感じました。
おそらく水泳の教材などほとんど無かった当時、それでも速くなる術を求めてトップスイマーに教えを乞うたという、その発想と実行力は現役時代の自分にも
今のほとんどの現役にも感じられないものです。現部員にはかつての名選手に教えを乞うている者がいるようですが、そのチャンスの使い方が
まだ最小限であるように見えるのは実に残念です。今の時代に当時の先輩方がいらっしゃったなら、この溢れるほどの水泳に関する情報をもっと有効に使った
のではないかと思わずにいられません。

・・・とは書き綴ってみたものの自分自身も反省する側なのだから、これ以上言っても現役の興を冷ますだけでしょう。
ただ、多くの現役にOBから学んで欲しい、学びとるべきものがある、ということは改めて強調しておきます。

何だかべた褒めで岩城先輩ご本人にさえ気持ち悪がられそうですが、素直に感動してしまいました。自分が現役に求めているものもあながち
間違っていないのかな、と勇気づけられた面もあったので長くなってしまいました。何でこんな暑苦しい文章しか書けんかな、自分・・・。

興味深いお話をありがとうございました。機会があればまた是非お願いします。

投稿者 山内@H16卒 : 2006年03月24日 02:33

昭和49年卒の千代田です。時折このサイトを懐かしい気持ちで読ませてもらってます。

小生の主将時の話が出ていたので一言。
練習量を増やしたのは部員の基礎体力を作ることが主眼でした。受験勉強疲れや九大で初めて水泳を始めた部員もいたので、各部員が爾後自己記録を伸ばし水泳の楽しさを実感するには先ず基礎体力の養成が肝要と考えた次第です。結果として持久力と闘魂の鍛錬にもなったようです。
水泳の知識や技術は、泳ぐことが楽しくなった後各自がそれぞれ研究・工夫すればよいこと。当時もその気になれば水泳の指導書や情報は豊富にありました。

基礎体力の養成は、指導を乞うた東京オリンピックのメダリスト竹宇治(旧姓田中)聡子女史のアドバイスでもありました。
当時、田中聡子といえば日本水泳界(背泳)のヒロインで、今の荒川静香選手のような存在でした。
彼女が箱崎のプールで見せてくれた、水を蹴る強烈なキック力と足首の驚異的な柔らかさ(なにしろプールサイドに仰臥した姿勢で爪先が地面に着くのです)が、今でも目に焼き付いています。

以上、未だ冷たい水の中で奮闘しているであろう現役諸君にとって少しでも参考になれば幸いです。

投稿者 千代田哲谷S49年卒 : 2006年05月10日 17:33